激痛@kiss

 身体中から力が抜ける。
 何度も何度も何度も何度も、キスもそれ以上のこともしているけれど、新しい日が来てその日初めての、一番目のキスはいつもこうなる。交わす、という言葉の意味を知る一瞬。自分と相手、それ以外のもの一切合切が世界から消去される一瞬。この瞬間を、なんと呼べば良いのだろう。
 最初はただ、そのすました顔から仮面を剥ぎ取ってやりたいだけだった。何人もの人を殺した男の、プライドや威厳やらをずたずたに引き裂いてやりたかったのだった。鉄鎚を下すつもりが、神の名において罰するつもりが、私は何をしているのか。でも今はわかる、お前は最初から仮面などかぶってはいなかった!認めたくはないが、……いや、もう認めてしまいたいのだ。
 そして今は、ただ苦しい。胸が、苦しい。締め付けられる痛みよりも、はちきれそうになる痛みの方がこんなにも甘く苦しいものだったなんて!
 月もない、柔らかい闇の中。キスから始まる時間のあと、今日も、溶け落ちる油のように腕がベッドから滑り落ちた。そのままぶらんと垂れ下がるままにまかせて、もう一方の手でピサロの頬を探す。ほどなく見つかって、確かめるように添えると、お前の手がそっとその上に重なった。ゆるくなる息、眠たげな瞳。もたれかかる身体。滑らかに湿る唇。濡れた肌どうしをあずけあい、とろりとした時間にただ全てを任せて。
「まさか、お前が……こんなにも」
 言いかけてそこでやめ、ピサロは目を彷徨わせた。私は別段その先を聞こうとも思わなかった。知っても、知らなくても。今、互いの腕に、互いの身体を絡ませ合っている事実さえあれば、取るに足りないこと。私はピサロをかき抱いて、肩口に舌を押しつけ、小さく歯型を刻んだ。
「恋というものが、こんなに心臓に負担がかかるものなのなら、長生きはしないですみそうですね。私は」
「ほう。これを“恋”と呼んでも構わないのか、クリフトよ」
 私は少し考え、答えた。
「ええ。もう今は、そう呼んでも差し支えないのではないかと思い始めました」
「そうか。それは良かった」
 唇に熱。
 魔族の王と言えど、その身体には血が通っていて、体温があるのだということを改めて知った夜。
「あなたは?」
「私か」
「ええ」
 問うたものの、多分答えなんていらなかった。ピサロもそれをわかったのだろう、もう一度優しい熱が唇に落とされた。口を開いて応えながら、この心地よい痛みに顔を歪める。辛い時よりも切ない時よりも、満たされすぎている時の方が、ずっとずっと苦しいなんて。もうこれ以上の命はいらない、これ以上長く生きなくていい。こんなに胸が満たされて、こんなに胸が痛むのが、酔っぱらったようにこんなに幸せなのなら!
「息が……できない」
「そんなもの、しなくても良い」
「それならあなたも。息を止めて」
 もう一度、向かい合った。もう呼吸さえいらなかった。揺るぎない歓び、お前が最も愛しているのが私ではないのならなおさら。この激痛に溺れられさえすれば、何もかも失ったって構わない。 仮にそれが、神から与えられた命であっても……!私は心の中でつぶやく。

(今、一思いに殺してくれたらいいのに)
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