逢魔ヶ刻とは、よく言ったものだ。この緩い時の狭間に、私たちはいつも身を潜ませる。
「……お前、いつもいつもこんなことをして。ここに誰かが通りがかったらどうするつもりだ」
「あなたは、誰に見られて困るんですか」
耳元ぎりぎりまで唇を寄せた。そのわずかな身震いが、私を愉しませる。ぞくぞくする。
「私じゃない。むしろお前だ」
「嘘ばっかり。こんな姿見られたくないのは、どう見てもあなたでしょう。私?ええ、なんとでも言い訳がききますし」
足を組み替えて、押し付けた。
「どうせならスリルがあったほうが、面白い。あなたもこの快感に酔っていないとは言わせない」
意外にもピサロは、そこでクスリと笑った。
「なるほど。確かに酔っているとも言えるな」
「余裕を見せるつもりですか。あっさり組み敷かれているくせに」
「なに、お前のような面白い者をじっくり観察できるのなら、かえってこのほうが好都合かもしれぬ」
鼻で笑われた。
「物は言いようですね。さっさとあなたが下だと認めなさい」
「別に、私はどちらでも良いのだ。ただ、調子に乗りすぎるな。いつでもお前の息の根を止めてくれるぞ」
「ぜひそうしてください。いつでもその口が利けないようにしてやれるんですよ、私も」
瞬時、無理やり唇をふさいだつもりが、かえってそれは柔らかく開き、私をなんなく受け入れた。世界中が揺り動き、空気はピリピリと震えて肌をなんども刺し通した。片手で抱き、もう片手でお前自身を探り当てる。なんのためにこんなことをしているのかなんて、もう考えもしなくなっていた。こんなものは、そう、こんなものは愛じゃない。でも私は、もうとっくにそれなりの報いを受ける心づもりはできているのだ。
“今、私にこんなことをされながら、あなたは誰のことを考えていますか?”
こう聞いてみたい気もしたが、唇はそんなに暇ではなかった。でも、一瞬離れたその刹那。お互い、ニヤリと微笑みあったのを見逃さなかった。それは共犯者の微笑み。この秘密の時を誰よりも愉しみあっていることを、密かに共有する一刻。と、ピサロが目を細めつぶやいた。
「どうやら、お前の方が運は良いらしいからな。分け前はしっかりいただくぞ」
これ以上余計な口を聞かれる前に。というよりも、お前は鏡の向こうの私、だからこれ以上お互いに口を聞く必要もなかったのだった。そして私はお前を押さえ込んで、その喉笛に噛み付いた。
怪奇的世界へ誘う十の御題 [リライト]
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