結局こうなる

 ……また、やってしまった。
 小鳥のさえずりとカーテンの隙間から差し込む朝日で目覚める、といえばさぞかし素敵な朝だと思うだろう。しかもすぐ隣に、ゆうべ情熱的な夜を過ごしてしまった相手がいるとなれば、なおさらだ。
 だが、もうそれどころではない。両手で頭を抱えこむ。もうこれで最後にしよう、これで最後にしようと何度となく思い、そのたびにこうして後味の悪い朝を何度も迎えているのに、全く私ときたら、何故に懲りないのか。
「なんだ、また後悔してるのか」
 からかうような声が飛んできて、なんだ起きていたのかと思いつつ、悔しいのでそっちはあえて見ない。
「面白い奴だ。人間で生まれたのは実にもったいない」
「魔族には『後悔』なんて言葉はありませんでしょう」
 つっけんどんに言い返すと、ピサロは面白そうに笑った。
「朝というのは良いものだな。クリフト、お前のそんな顔を拝むのが最近楽しくなってきたところだ」
「これで最後にします。もうあなたとは会いません。実は私、あなたが大嫌いですから」
「ほう?」
 私の言うことなどまるきり信じていない相槌で、私も自分の言ったことを半分も信用できなかった。がしかし、現実とはいつも人の後をぴたりと離れず着いてくるものだ。
「当たり前でしょう。サントハイム教会の高官である私が、よりによってあなたのような男と通じているなんてことがもしもバレたら。それこそ失脚どころかいい語り草の大スキャンダルになってしまうでしょうよ。だから深入りする前に、このへんで終わらせてしまうがよろしかろうと」
「とっくに深入りしているではないか」
 横になったまま、ピサロは私の肩から胸を指でなぞった。そこにあるのは、無数の唇の跡。同じものがおそらく、ピサロの身体にもたくさん残っているのであろうが、直視して確認するのもいまいましい。私は這い回る指先をやや乱暴に追い払い、顔を背けた。今や部屋には徐々に高くなる朝日が暴力的に差し込んできて、脱ぎ散らかされた衣服でめちゃくちゃに荒れた部屋を照らし、その能天気な明るさは私を激しくむかつかせた。
「何もかもあなたが悪いんです。元はと言えばあなたがきっぱり拒絶しないからこんなことに」
「この後に及んで逆切れとは。私を侮ってかかったお前の落ち度だぞ」
 それがまったくもって正しくて、見まいとしていたのに思わずピサロを睨めつけてしまった。ピサロはしてやったりというように、乱れた髪をかきあげてニヤリと笑う。しばらく顔を見合わせていたが、いつまでもこうしてはいられない。とっととここを出て、何食わぬ顔をしてサントハイムに戻らなければ。
「とにもかくにも、これでもう二度と御目にはかかりません」
「そうか。できるものならやってみるといい」
「あなたも大概しつこいですね。そんなに私に未練がおありですか?」
 軽口をたたきながらベッドから出、昨日脱いだそのままの服をなんとか身につけた。お互いまったく肌の露出のない服で、傍目にはその肌の上に何が残されているかなどとは分かりようもない。布地が多少しわになっているのは否めないが、ごまかすことのできないレベルでもない、と思いたい。
「さっき、未練と言ったな」
「言いましたが何か?」
「より多く抱えているのはどちらか、賭けをしないか」
 私は大げさに肩をすくめた。
「異な事を仰いますね。掛け金は?」
「お互い、自らの唇をもってそれにあてるのはどうだ。それとも身体のほうがいいか?」
 そうして私は、こんな誘い受けにあっさり陥落するのだ。
「こんな綱渡り、もう御免ですよ。あなたも自分の立場というものを今一度ちゃんと考えたほうがいい。だいたい魔族の王が正教会の神官に囲われているなんて、どう考えてもおかしいでしょう?」
「そうは言いながら、なぜ今笑った?」
 今やピサロははっきりと笑っていて、私もどうにも頬が緩むのを抑えきれず、ぐだぐだな雰囲気の中で考えた。今日は良くても、どうしたってこんな関係は不自然すぎるのだからもうやめよう、やめようったらやめよう。こんなぞくぞくするスリルはたくさんだ……そう、あともう1回くらいでやめなくては。
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