夕間暮れのまにまに

「…良く、わかんねーや」
 ソロがうつむいて唇をぬぐう。私はその頬にそっと手を寄せてみた。
「なにがですか」
「この行為。何で俺、お前とこんなことしてんの?」
「わからないなら、もう一度してみますか」
 私はテーブルに手をついて、身体をかがめて彼の唇にもう一度キスした。荒れた唇を唇で挟み、少しだけ舌でなぞる。そのまま静止して……、触れた時と同じくらいゆっくりと離れた。
「やっぱり、わかんねー」
「無理に理解しようとしなくてもいいと思いますよ」
「なんで?」
 私は肩をすくめた。
「何故って、今私がキスしたとき、あなたは唇を開きかけたから」
 さっと彼の顔が赤くなり、何かを言おうとして、それでもぷいと横を向いて頬杖をついた。たぶん、わかっちゃったんじゃないかな。私はそう思って隠さずに微笑んだ。たぶん横目で私の顔を窺っているだろうが、気づかないふりをしていていい。
「いつかわかっても、わからなくても。この行為が好きだったら、いくらでもつきあいますよ」
「おまえ、馬鹿じゃね」
「あなたと同じくらいにはね」
 横顔が少し緩んで、確かに笑った。今度は私が頬杖をついて、対面の彼を覗き込む。観念したのか、開き直ったのか、彼はやおらこちらに顔を向け、私の空いた方のほほを親指でにゅっと小突いた。私はその手を取り、軽く唇に当てた。
「……ったくもう、しょーがねーな」
「ええ、仕方ありませんね」
 今度こそはっきりとした彼の笑顔の向こうに、優しい夕日の残光が重なった。窓のふちに金色が反射し、勇者に後光が射すように見える。逆光が眩しかった。いや、眩しいのは、彼自身かも知れなかった。私の目に映る彼が、あまりにも眩しいのかも知れなかった。
「なんか、不思議」
「何がですか?」
「お前。なんか髪と目が緑色に見える。光の加減かな」
 その言葉は、なぜか私を喜ばせた。
「夕映えのマジックでしょう。緑と言っても、あなたの髪と目には到底及びませんよ」
「そっかな。そうでもないと思うけど。俺にそう見えるだけかな」
 なんともいえない充足感に包まれて、私は彼の後ろに回り込み、抱きしめた。あきれたような顔で、でも確かに微笑んで、ソロが振り向く、そしてどちらからともなく唇が合った。太陽の最後の光がまたたいて山の向こうに沈み、窓枠の輝きが消える。それでもここに確かに光が残って、心が暖かく満たされていく。
 もしも、この先世界が闇に取り込まれようとも。そんなことを考えながら、私たちは互いを引き寄せる腕に力を込めた。
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