あの頃が夢だったように

 カン!と鋭い音が響き、剣と剣の間に激しい火花が散った。
 弾かれないように、ここぞとばかりに押し込む。勇者は身を翻す、しかし私は許さない。剣をそのまま横へ薙ぎ、それはそっくりそのまま先回りして、彼の喉元近くまで伸び。が、さすがにそれは大きく避けられ、予想もしない方向からひゅんと切っ先が肩をかすめる。あえて踏み込む、わざと脇をがら空きにして振りかぶる、すると狙ったとおり飛び込んできて、そことすかさずまた剣を交えた。ガキっ、と手首が痺れる手応えがあり、思わず剣を取り落としそうになり、ぐっと堪えた、しかしそれも虚しく指から力が抜けて……カラン、と乾いた音を立てて『2本』の剣が不様に地面に転がった。
 驚いて目をあげると、勇者は地面に尻餅をつき、顔をしかめて手首を抑え、私を見上げていた。
「……俺より弱いと思ったのに」
「力はあなたの方が強いですよ。それでもこれは、引き分けです」
 お互いぜいぜい息を吐きながら、それでもなんとなく睨み合った。
「でも俺は転んだ。クリフト、お前は立ってる。俺の負けだ」
「剣を落としてしまっては、私が勝ったとは言えません」
 私は荒い息を鎮めながら、右手を差し出した。勇者は素直につかまって立ち上がり、二人して服の汚れをはたいた。
「やっぱり……実戦経験の差、か」
「それでも、あなたはずっと剣の訓練を受けてきたんでしょう?」
「お前だってそうだろ」
 まあ、確かに。城の者はどんなに高位でもどんなに下っ端でも、その手の心得が義務付けられている。まして、そのお城の姫様は根っからの武闘派だし。そんなことを考えていると、勇者がずいと近づき至近距離で私を見上げた。
「なんか悔しいな」
「しかし、今は私の方が強いようでも、あなたなら程なく追い越してしまうと思いますが」
「かもな。前に言われたよ、『いつの日かどんな邪悪な者でも倒せるようになるだろう』ってさ」
 一瞬遠くを見るような目をして、それからふいと視線を逸らした。
「それでも、この今が悔しいじゃん。俺はまだ弱いんだ」
 むくれる横顔がなぜか可愛く思えて、私はポンポンと彼の頭を叩いた。
「あなたには何と言っても素晴らしい天空の血が流れている。私にはとてもかなわないものです」
「その『血』が嫌なんだよな。秘められた力、って言われてもさ……」
 うつむくと、髪が影になって、その眼差しを隠した。
「そもそも俺に天空の血が流れていなければ、こんなことにはならなかったのに」
 ついと背を向ける、すると夕日が逆光になり、彼の姿を光で隠してしまう。彼の全身が光り輝いて、それがなんとも神々しくて、つかの間に見惚れた。
「ま、今更自分の運命を呪ったって、しょうがないんだけどなっ」
 振り返った勇者は、いつもの軽い微笑みを浮かべていた。痛々しくも見えなかった。それが歯がゆく、なんとなく目をそらしてしまう。
 その刹那。
 ガキン!!
 いきなり切り掛かってきた勇者の剣、咄嗟に下から受け止めた私の剣が激しくぶつかった。今度は剣を落とすことなく堪えられ、私たちはキッと目を合わせた……が、お互いにちょっとぼんやりとして、それから同時に苦笑いした。勇者はのろのろと剣をおさめて、肩をすくめた。
「油断したと思ったのに。やっぱお前の方がレベル高いんだな」
「試したんですか。ひどいですよ」
「俺の師匠が言ってた。『油断するな、剣の修行は厳しいぞ』って。時々、こんな風にいきなり攻撃してきたんだ」
 少し微笑んで、でもそれが今度はどうしようもなく寂しげだった。
「あの頃が夢みたいだ。でも、もしかすると同じように、クリフトとの今も……夢だったように思う時が来るのかもしれないな」
「そうかもしれませんね」
 勇者は少し驚いたように私を見た。その眼差しを、私は真正面から受け止める。
「本来あなたは手の届かない御方だ。私にとってもこのひと時は、例えようのない夢のようなのかもしれません」
 ゆっくり彼に近づき、自然に抱きしめ、彼の頭に顎を乗せた。
「いずれ、別の道を歩むことが決まっているのだから。悲しく寂しいことだろうけれど、いつまでも同じものなんて有り得ないのだから」
「……ずっとこのままで居たいって、願ったことがあった」
 胸の中で、勇者がつぶやいた。
「最初からその願いは、叶わないものだったんだな。俺は何も知らなかったんだ」
「知っていても知らなくても、どうでもいいじゃありませんか。今ここでこうしていることは、決して夢じゃない。いつか夢のように思える日が来たとしても」
「お前って、ずるいよな」
 びっくりして、身体を離して彼を見下ろした。彼は少し悪戯っぽい顔をして、私の胸を小突く。
「なにが、ずるいんです」
「その、どうしようもなくあざといところだよ」
「なにがなんだかわかりませんが?」
「いいよ。お前はずっとそのままでいろよ。わかんないふりして、これは夢だってことにしといてくれ」
 勇者は急にお腹を抱えて笑いだし、やっぱりバレているのかと思いつつ、それでも彼が今笑っているのならそれでいいのかもな、と無理やり自分を納得させるほかなかった。夕日はいつかとっぷりと沈んでいて、西の空にきらり、一番星が光っていた。

世界の終焉十題・慟 [リライト] http://lonelylion.nobody.jp/
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。