雨上がりは素直に

 午後からやにわに雨が上がったようだった。教会から出るとそこらじゅうが光り輝いていて、私を軽く戸惑わせた。柔らかくしなる枝先の、黄色じみた葉の先からきらきらと水がこぼれ、葉先がぴんと跳ね上がる。ぬかるんだ水たまりは、濁りの中にも青い空と白い雲を柔らかく映し取っていて、そして空の向こうに目をやると太陽はすでに傾いていた。さっきまで人通りが少なかったのに今は、水たまりに歓声を上げる子供たち、商店の呼び込みや物売りの声、様々な音があちらこちらにあふれている。
 その中に、見知った背中を見つけた。
「買い出しですか。手伝いますよ」
「クリフト!どこに行ったのかと思ってたよ」
 驚く勇者に微笑み、私は彼の抱えていた大きな紙袋を抱きとった。
「教会にいました。しかしこんなに聖水が入っていたのでは、重いでしょう」
「いや、自分で持てるよ」
「お構いなく」
 優しく、しかしきっぱりと拒絶すると、彼は居心地悪そうに目を泳がせた。けれど私が目で宿屋の方へ促すと、不承不承といった感じで私に続いた。
「しかし、良く晴れたものですね。今日は1日振り続けるものだと思ってました」
「でも降り始める前より急に気温が下がった気がするよな」
「そうですね」
 そんな、なんてことのない会話を交わしながら、私は彼を見ていた。うなじにふんわりとかかる髪。時折見える青いピアス。そして、どんな宝石よりも輝き、人を惹きつけてやまない瞳。強い深い力をたたえ、いつもまっすぐに前を見据えている光。
「……で、キメラの翼も一緒に買えって言われたんだけどさ。聞いてる?」
「えっ、はい。でも持ちきれないですよね、さすがに」
「そうそう!それでさ、俺は言ってやったんだ。いっぱい買ったらまけてくれんの?って、それで……」
 実のところほとんど耳には入っていなかった。ただ、その特徴のある声だけを音楽のように聞いていた。いつも不思議な感じがする。見いらずには、聞きいらずにはいられない彼というものの存在。それが、どうして私の近くにあるのだろうと。
 私が、導かれし者だからだろうか?
 それとも、……
「やっぱり聞いてないだろ?何考えてんの?」
「聞いてますって」
「嘘つきだな」
 嘘はついていない。
「なんか嫌なことでもあったのか?俺でよければ聞くけど」
「いいえ」
 ちょっと答えにくくて、つっけんどんな言い方をしてしまった。私は勇者に微笑んだけれど、ごまかすように見えてしまっただろう。宿屋に入り聖水を分けようとしたら、みんな外に食べに行ってしまったらしい。私たちは顔を見合わせて苦笑いした。
「姫様もじっとしてはいられなかったのでしょうね。一日缶詰なんて、とてもあの御方には耐えられないはずですから」
「なんでお前はあんな土砂降りの中、出て行ったの?」
「こんなときでもなければ、教会でゆっくり過ごすなどということはできないですからね」
 私たちは黙々と聖水を机の上にあけ、手持ちの分と合わせて数え、振り分けた。
「さて。私たちも何か食べに行きましょうか」
「考え事は、終わったのか?」
 まだ気にしていたのか。私は思わず勇者の顔をまじまじと見た。その目に浮かぶ気持ちを計りかねて、私は当惑した。どうしようか。なんて答えよう。
「終わったような、そうでないような。……ただ、不思議な」
「まあいいや。なんだかわかんねーけど、いつでもなんでも言っていいぞ」
「……ありがとうございます」
 勇者はニッと笑うと、軽く私の頬をつまんで引っ張った。思わずむっとしてはたき落とすと、彼は声を出して笑い、私もつられてしょうがなく笑った。行こうぜ、と身振りで示して部屋を出て行く彼を追いながら、私は妙に熱い頬を無意識にさすっていた。本当は、本当はこう言ってみたかった。

『不思議なものです。あなたの存在がこんなに大きくなるなんて、今まで思いもしなかったのに』

 いつか言おう。言ってみよう。
 そうだな、例えば……今夜にでも。

敬語な攻めキャラ44音 [TOY] http://toy.ohuda.com/
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