全然足りない@kiss

 カウチに座って本を読んでいると、ふと背中に重みがかかって、振り返るとあなただった。長い髪が、とろりと私の肩に落ちる。ひとすじすくい取って唇に当てると、ああ、あなたはなんて顔をするのだろう。
「ねえ、今思ったこと言ってもいい?クリフト」
「いつでも、なんでもどうぞ。マーニャ」
 あなたがくるりと私の前に回り込んだので、ついと抱きとめる。そのまま膝の上に落として、座らせた。あなたが目を丸くして、それがとても可愛かったので、思わず引き寄せて軽くキス。水が流れるように自然に、そうせずにはいられなかった。なぜならあなただったから。柔らかい曲線だけでできた、あなただったから。
「ちょっと……クリフト、ひどい」
「なにが、ひどいんです?」
「私の言いたいこと、取っちゃったじゃない」
 本気で意味がわからなかった。聞き返す間も無く、あなたは意地悪っぽく私の目を覗き込む。
「思ったこと言ってもいい、って聞いたのよ。私」
「ええ。それで、私はどうぞと答えましたが」
 そういえば答えを聞いてない。膝の上のマーニャは、唇をぷんと尖らせた。
「今、私、クリフトとキスしたいなーと思ったの。先を越されてめっちゃ悔しい」
「それなら次は、あなたが私を出し抜いてくださいよ」
 こんな言い方したら、マーニャは怒るかな。そう思ったら、やっぱりそうしてくれる。
「だめ!どうしてもできないんだってば!いくら私が不意打ち仕掛けようとしても、クリフトはいつも、明後日の方向から私を攻撃するんだから」
「攻撃って。人聞きが悪いことを」
「いーえ。なんでそんなにずるいの?それともなに、サントハイムの宮廷には『狡猾であれ』って信条でもあるわけ?」
「いくらなんでもその言い方はひどいじゃないですか!」
 そんなこんな言い合っていると、笑い出してしまって、収拾がつかなくなる。隙を突かれて、思いっきりキスされた。すぐ離れてしまったけれど、ルージュがべっとりと残された感覚。すぐ拭き取ってしまいたいような、ずっと残しておきたいような。
「やればできるじゃないですか。私の先回り」
「こんなんじゃ、足りない!ちっとも気が済まないわ」
 それはそうだ。全然足りない。ありったけの力を込めて、抱きしめる。唇と唇が合わさって、なめらかな音を立てて、どんなに時間があっても足りないほどのキスをした、束の間離れた瞬間、あなたが呟く。
「ねえ、今キスしないと、死んじゃうみたいな気がしない?」
「……ええ」
 もう一度ふさぐ。密閉された唇の、その奥の奥まで求めて。どんなに探しても探しても、見つけられない宝が欲しい。おそらくそれはあなたの中に、そしてたぶん、私の中にも。

「どれだけ濡れても気が済まないんです。この私の唇も」
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