チョコレートシロップ@kiss

 城の廊下の角を曲がり。誰も見えなくなった途端に、姫様はふわり、抱きついてこられた。
「どうされたのですか、姫様?」
「……もう。わかってるくせに」
 二人だけのくすくす笑い。わかってる秘密。
 最近あなたは、こんなふうに隙あらば私に甘えられる。それがどんなに愛しいか、あなたも充分わかってるだろう。そんな幸せ。
「ねえ、クリフト」
「なんでしょうか、姫様?」
 腕の中で身をよじり、それでも背伸びして私の顎の下にキス。
「なんだか私ばっかり、甘ったれてるみたい」
「それでいいのですよ、姫様」
 でもあなたは、小さく首を振って。
「それでも、もっともっと甘えていたいの。こうしてね、抱きついたら離れたくない。いつまでだってこうしていたいのよ」
 かわいい。
 どうしてあなたは、こんなにも可愛らしいのでしょう。
 私がそう言おうとした時、姫様はきっと私を見上げられた。
「でもね、クリフト。甘ったれてばっかりじゃ、なんだか不公平だわ。私もあなたに何かしてあげたい」
 柔らかい髪を揺らして、考えるように目を泳がせて。そしてもう一度私を見上げ、その目がゆらりと潤んでいて、私は戸惑った。そんな目をされたら、私は……
「クリフト。あなたにも私に甘えてほしいの」
「私が、ですか。でも姫様に」
 がっと頭を引き寄せられた。唇が塞がれる。私に二の句を継げさせないおつもりですか。そんなセリフも閉じ込められる。
「私にも甘えて。こうして、とか、なにが欲しいとか言って」
「私は、これ以上望むべくもありません!なぜなら」
 また塞がれた。どうしよう。どうしたらいいんだろう。でも私は、本当にこれ以上のことは望めないのだ。あなたを愛しているとかいないとか、そういう枠をとっくに超えてる。ただあなたが存在している、この事実だけが私にとってこんなにも重要だということ。それだけで生きていけるということ。
 頭がぐるぐるする。それでも姫様は、謎めいた眼差しで私を覗き込むのだ。あなたは何をどこまでいっても満足されない。あなたはいつも、私の及ばない先の先まで、ただひたすらに走っていこうとするのだ。だから私は、私は、あなたに惹かれるそれだけで精一杯で、それだけで全部全部満たされてしまうのに。
「私は、これ以上欲しいものなんてなにもないのです、本当に」
 私には、こう言うのが精一杯で。
「ううん。欲しいと言わせてみせるわ、クリフト。だからいっぱい甘えて、ね……?」
 容赦のない姫様は、なおも私の首にきつく腕を回して、とろける声を耳に流し込む。
 それは、ブランデーのいっぱい入ったチョコレートシロップのような、濃い甘い響き。

「ねぇ、どこにキスしてほしい?」
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