傷つけてください、私を

 私の胸に、そっとあなたがもたれかかる。
「ねえ、しばらくこうしていたいの」
 ほんのりと甘える声に、私はいつも泣きたくなる。答えのかわりに、そっとあなたの髪を指で梳いた。くすくす笑いにも聞こえる、窓をなでる風の音。静かにあなたの顎に手を添えると、当然のように上向いて、当然のように目を閉じて、当然のように唇が重なった。そう、息をするよりも自然に。
 いつまでこうしていられるだろうか。
 誰にも知られてはいけない、こんな時間のことを、一体どうやって納得することができるだろう。
「今度は、私の番よ」
 柔らかく姫様は微笑み、そっと顔を寄せてきた。唇にかと思ったら額にされた、と思ったらやっぱり唇にも。と思うと今度は喉元に、そして私を食べるように鎖骨近くまで滑って、そして、これではまるでわざと跡が残るように。ようやく離れたようで、そして別れを惜しむごとくもう一度。
「こういうの、嫌?」
「いいえ。どうしてそんなことを?」
 姫様は少し笑ったようだった。
「質問を間違えたわ。こういうの、好き?」
「好き、というより。私にとってはこの上ないご褒美で」
 わざと少し茶化して言うと、姫様もこっそり笑う。
「良かった。ねえ、言葉で好きとか愛してるとか伝えるより、こっちの方が早いわ。あなたをその気にさせたい時はね」
 返事をするかわりに、今度は私の番。でも、姫様も負けない。私たちは奪い合うように唇を交わした。抱き寄せて、砕けた腰を支えつつ、そして冷えた体に芯からの熱を。そう、いつの間にか言葉が言えなくなった。本気になるほど言えなくなった、かわりに身体を使うようになった。いつからお互いこんなになってしまったのだろう。いつから、相手を黙らせるために、唇を塞ぎ合うようになってしまったのだろう?本当のことなんて、何も話せない。近づけば近づくだけ、言葉が邪魔になる。
 いつの間にか唇が切れていた。姫様は血の跡を軽くなぞり、また吸い付くのだった。少しずらして息継ぎをして、今度は長い長いキスを。私を傷つけるためのキスでも、もう別に構わない。
 なぜならば、今だけはあなたは私のものなのだから。

●キス5×4(その2)/●キスのシチュエーションで20題(その2)/●君と恋して20の出来事 [TOY] http://toy.ohuda.com/
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