甘やかし過ぎもほどほどに

「ここ座るけど、いいよね」
「……と言いながら、もうすでに座ってらっしゃるのはどういうわけで?」
 私が笑うと、姫様も悪戯っぽい笑みを返された。
「でもクリフトは、だめって言わないよね?」
「ですが、私の膝は椅子ではありませんゆえ」
「そんなこと言っても、もう座っちゃったもの」
 姫様の腰に手を回して支える。と、姫様は私の肩にちょんとあごをのせた。
「ここは、私だけの場所だから」
 背中に、姫様の手が回る。首筋に、温かい息づかい。
「そんな甘いことを言っておいて、不意打ちにぎゅーっと締め上げる気ではありませんよね?」
「私、そんなことしないわよ!」
「前例があるので、そう申し上げたまでですが」
 本当のことだ。とりあえずは警戒は怠らないでおこう。
「あのときはね、うん、つい……」
「姫様。『つい』で落とされた身にもなっていただきたいものです」
「ね、ほんとうに。きょうは、なんにもしないから!」
 姫様の髪が頬をこすって、くすぐったい。
「では、今日は何をなさっているのですか」
「今日はね」
 くすくす笑い。
「クリフトに甘えにきたの」
「本当ですか?」
「本当よ」
 私は空いた方の手で姫様の髪を撫でた。姫様がこちらをお向きになったので、その頬に手を添えて。
「それでしたら、なんなりとどうぞ。お望みがあれば、お申し付けください」
「お望み、ねぇ」
 姫様はきらりと瞳を光らせて、少し舌をのぞかせた。
「私のこと、可愛いと思う?」
「もちろんです」
「なら、うんと甘やかして」
 私は、ぎゅうっと姫様を抱きしめた。嬉しそうな笑いが腕の中にこぼれる。あなたの笑顔は、見えないくらいがちょうどいい。普段困らせられている分、少しは役得があっても良いだろう。ただ、甘やかし過ぎも程々にしないといけない。なぜならば、
「ねえ、クリフト」
「なんでしょうか、姫様?」
「今度はね」
 耳に流れ込む、甘すぎる声。
「私がクリフトを甘やかしてあげる」
 魔に取り込まれるのは、斯くも容易なことか。
「姫様。私は、あなたのお望みのままに」
「クリフト。大好きよ」
 ほら、たちまち私は溺れてしまうじゃないか。程々に、なんて最初っから無理だったのだ。
 あなたの唇に胸まで埋もれ、私は幸せに目を閉じた。
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