ねぇ、ありがと

「どうしてだろうね」
 涙がまたひとつ、私の頬を転がり落ちた。
「どうして、泣いても泣いても、まだ辛いのかしら?」
 クリフトがそっと私の背に手を当ててくれる。それが泣けるほど温かくて、悲しくて、嬉しくて、それからもっともっと。
「でもどうして、泣けば泣くほど、安心する気持ちも出てくるの?」
 そう口にしてみて、わかった。それはあなたがいてくれるから。いつも私のそばに寄り添って、優しく私を見つめてくれるから。
「ごめんね。あともうちょっとだけ、もうちょっとだけ泣かせて。そしたら、いつも通りに元気な私に戻るから」
「姫様は、いつもあるがままでいいのですよ。泣いていても笑っていても、元気でいても悲しんでいても」
 やわらかな、おだやかなあなたの微笑み。私はいつもこんなあなたが好きだった。いままで、ずうっと。
「でも、元気でいないと……私が弱いところをみんなに見せるわけにはいかないわ。だって私はサントハイムの」
「いいんです。そのままでいいのです。姫様が力一杯生きている事の証です、笑っているだけの人間なんていません」
「でも……!」
「そんなふうに姫様が一生懸命成し遂げようとしている事、泣いても笑っても、自分を見失わないでいること。国民みな、姫様のそんな姿に勇気を得ています。そして私も」
 どうして。どうしてそんなに優しいの。どうしてこんな私を慰めてくれるの。勇気づけてくれるの?
 また、涙がこぼれる。クリフトの姿がぼやけて見えた。ひとつまたひとつ、涙がたまっては落ち、落ちてはまた涙がたまり。クリフトは指をのばして、そっと私の涙をぬぐってくれた。何度も、何度でも、それで私は、いくらでも泣けてしまう。
「ずるいよ、こんなのって。クリフトがそんなに優しいと、いくらでも泣いていいんだと思っちゃうじゃない」
「どうぞ、お好きなだけ。姫様の気が済むまで、私はおそばにおりますゆえ」
「ずるい……ずるいよ!」
 我慢できなくなって、抱きついた。あなたの胸板を、こぶしで叩きながら、子供みたいに大声を上げて泣いた。クリフトは何も言わず抱き返してくれて、繰り返し繰り返し神を撫でてくれる。どうしてこんな優しい人が、私のそばに居てくれるの。どうしてこんな温かい人が、私を大事にしてくれるの。そう思えば思うほど、あなたが大切で愛しくて、そう、好きで好きでたまらなくなる。
「クリフト。大好き。ずっと私の、そばにいて……!」
「……ありがとう、ございます。姫様」
 クリフトの声が少し湿って、一瞬の後。きつく、抱きしめられた。息もできないほど、心臓が跳ね上がる。あまりの事に涙も止まる。身も心もあなたでいっぱいになる。
 世界中が、あなたで塗りつぶされる。
「姫様、……私は」
 かすれた声が耳元で切れ切れに震えた。
「クリフト」
「姫様」
 あなたの身体が小刻みに震えていて、今度はあなたが泣いているのだと知った。今度は私が、あなたの髪を撫でてあげた。あなたが私のために居てくれるのと同じように、私もあなたのために居たい、そう強く思う。
「クリフト、ねぇ、私もよ」
 強く抱きしめて、今度はあなたの耳元に口を寄せて。
「ねぇ、クリフト。ありがと」
 抱き合う力がさらに強くなる。いつしか、辛い気持ちが消え去っていた。ありがとう、クリフト。ありがとう、ありがとうって何万回言っても足りない、足りない、足りない!クリフトの頬に何度もキスして、何度も返されて、キスして、返されて、キスして、返されて。それでまた想いあふれる。ありがとう、ありがとうって。

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